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名古屋高等裁判所 昭和60年(ラ)120号 決定

抗告人(債権者)

奈良トヨタ自動車株式会社

右代表者代表取締役

德田博

右代理人弁護士

佐藤公一

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人の抗告の趣旨及び理由は別紙の通りである。

(当裁判所の判断)

一抗告人の主張は要するに、自動車売買の先取特権の物上代位権の行使につき要求せられる右担保権の証明文書について、これを民事執行法(以下「法」という。)一八一条一項一号ないし三号所定の文書に限定して抗告人の申立を却下した原決定は法令の解釈適用を誤つたものであるというにある。

よつて考えるに、本件は、債権者より債務者への自動車売買に伴う先取特権を前提とするものであるが、右先取特権自体に基づき自動車そのものの競売手続を求めるものではなく(その場合には民事執行規則((以下「規則」という。))一七六条により法一八一条所定文書の提出を要する。)、本件は右先取特権より生ずる物上代位権により、債務者の第三債務者に対する賃料債権に対し担保権を行使しようとするものであるから、その開始に当たつて提出を要求されるいわゆる担保権証明文書の内容については、法一九三条一項後段によつてこれを定めることとなる。

そして、右一項後段は、右文書の内容について、これを同項前段と「同様とする。」と規定するから、同前段をみるに、同所においては、「債権」(法一四三条に規定するもの)及び「その他の財産権」(法一六七条一項に規定するもの)を目的とする担保権実行に際し提出を要求せられる文書は、原則として、「担保権の存在を証する文書」と規定されるのみで、その内容を限定しておらず(以下これを「一般文書」という。)、例外として、「その他の財産権」を目的とする担保権のうち、「権利の移転について登記等を要する(もの)を目的とする担保権で一般の先取特権以外のもの」(以下「特殊物件」という。)にかかる場合についてのみ法一八一条一項一号ないし三号の文書(以下「法一八一条文書」という。)が要求されているところ、右特殊物件につき特に厳格な文書が要求されているのは、これらが不動産にも準ずべき物件であるからと解すべきである。

ところで、本件物件は自動車であるところ、自動車は通常その権利の得喪について登録を要するものであり(なお前記法条の「登記等」の「等」に登録が含まれることはいうまでもない。)、又本件担保権は、前述のように一般の先取特権以外のものには相違ないけれども、そもそも自動車は文理上、法一九三条が「その他の財産権」の定義につき引用する法一六七条一項の財産権に含まれないのみならず、自動車は、相当高価なものとはいえ、いわゆる自動車社会とも呼ばれる現在の社会における大量の自動車取引の実情をも勘案すれば、右自動車をもつて、これを不動産に準ずるものとして、前記「特殊物件」と同様の取扱をすべき実質的理由までは見出し難い。そして、右を前提として、本件が上述のように、物上代位権による賃料債権への担保権実行を目的とするものであることを併せ考えると、右一九三条一項前段の適用については、これを同前段中の「債権」を目的とする担保権の実行として扱うのが相当であつて、このことは、規則一七九条が、法一九三条一項前段の「債権」の場合と同項後段の物上代位の場合とを一応同列に扱つていることとも合致するものである。

従つて、本件における担保権証明文書としては、「法一八一条文書」たることを要せず、かかる場合の原則たる「一般文書」をもつて足るものと解するのが相当である(尤も、一般文書といつても、担保権証明の重要性に照らせば、それは単なる一般的書類では足らず、高度な証明文書たることを要するものというべきである。)。

よつて原決定は、この点に関する限り、法令の解釈適用を誤つたものといわなければならない。

二そこで、右の見地から抗告人の本件債権差押申請の当否について判断するに、上記法一九三条一項所定の「担保権の存在を証する文書」(一般文書)は、必ずしも公文書でなくとも私文書でもよく、又一通でなくとも数通をもつてするのも可能であるが、前記のように担保権の存在を高度に厳格に証明しうる文書であることを要するものである。

一件記録によれば、抗告人は、右文書として、①契約カード、②販売明細書、③登録証明書、④振出人株式会社ジャパンリース、受取人抗告人、振出日昭和六〇年八月二五日、満期を同年一二月以降同六一年八月まで毎月二五日とする額面二四万五三〇〇円の約束手形九通を提出していることが認められる。

しかしながら、右のうち契約カードは抗告人会社の内部文書にすぎず、又販売明細書も、抗告人会社から債務者株式会社ジャパンリース(現在は破産中)宛に発せられた体裁をとつているとはいえ、何人が如何なる権限に基づいて作成したものかも不明であり、且つ右契約カード・販売明細書いずれも抗告人側で一方的に作成したもので、契約の内容を承認する旨の債務者の意思を確認する趣旨が表示されたものでないから、右はいずれも法一九三条一項所定の文書とは認められない。しかも前記約束手形九通は、右販売明細書に売買代金の支払方法として記載されている約束手形と額面、振出人が一致するとはいえ支払場所が異なつている。そうすれば、前記登録証明書には本件自動車の所有者が債務者株式会社ジャパンリースと登録されているとはいえ、いまだこれらの文書をもつてしては、抗告人から右債務者に本件自動車が売渡されたことを確実に証明するに足る文書が提出されたものとは認め難いといわざるをえない。

以上の通りであるから、抗告人の本件申立は失当に帰し、これを却下した原決定は結論において相当である。よつて、本件抗告は理由がないので棄却することとして、主文の通り決定する。

(裁判長裁判官小谷卓男 裁判官海老澤美廣 裁判官笹本淳子)

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